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2021年9月 1日 (水)

聖書の言葉356

従って、神が結び合わせてくださったもの、人は離してはならない。(マルコ10:9)

 律法はユダヤの人々にとって守らなければならない、私たちにとっての法律に相当するものですが、同時に律法は神の御心を示すものでもあります。例えば「殺してはならない」という規定であれ、人道上の問題でもありますが、何よりこれは神様が人間同士の殺し合いを嫌い、悲しまれることを意味していると言って良いかと思います。
 律法の文言の中には離縁を認める記述があります。しかしながら、主イエスは離縁そのものがそもそもあってはならないことと断じました。律法の条項以前に、神の御心がそれを求めていないはずだと、主イエスは教えます。神の御心によって人間は男と女に創造され、二人を引き合わせて一体とする、結婚は人間の判断ではなくて、神の御業なのだから、人間の側の判断でそれを離すことはあってはならないと断ずるのです。
 現実問題として離婚をする必要があるということは、現代の私たちの社会ではもちろん、ユダヤ社会の中でも当然にあったことでした。そのような社会の中にあって、主イエスのこの言葉は理想論に過ぎないと言わざるを得ないのかもしれません。しかし、この理想論に私たちはいつも立ち帰らなければならないでしょう。人間の理想ではなくて、神の理想がここにあるからです。人間は独りで生きるのではなく、二人助け合って生きていくことを願ったのは、他ならぬ神様です。二人を引き合わせて一つとしたのは神様です。そのように結婚があることを、何より神様が願い、祝福して下さいます。(狩野進之佑)

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