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2021年8月14日 (土)

聖書の言葉354

福音には、神の義が啓示されています。(ローマ1:17)


「いかにしたら恵みの神を得られるか」。若い日からルターが抱いていた問いです。父は銅の精錬事業で成功しました。自立した近代人のはしりです。この父の期待を裏切ってルターはこの問いの答えを見出すために聖アウグスチノ修道会に入りました。厳格な修道院生活は自らの意志、能力、敬虔によっていと高き神の恵みにまで達しようとするものでした。
 ルターにとって神の義は、その義によって罪人を裁く義であり、人はその義の水準まで高められなければならないのです。修道院での厳格な修練はそれを実現するはずでした。正直なルターは、修練によっても恵みの神を得ることができず、かえって神の義を憎みました。
 1514年ルターはウィッテンベルク大学で詩編の講義をすることになりました。「あなたの義をもってわたしを救い、助けて下さい」(詩71:2関根正雄訳)。この詩編の講解でルターは神の義を再発見します。神の義は罪人を裁く義ではなく、その義を罪人に与えて義としてくださいます。神はキリストによって罪人を義とする贖罪を実現してくださいました。罪人はキリストによって神の義を着せられました。隠れた神がイエス・キリストの十字架に啓示されたのです。自ら能動的に義を得るのではなく、神が独占的に働かれ、救いをもたらしてくださいます。人はそれを受け容れるのみという受動的義をルターは再発見しました。
「福音=良い知らせ」と「神の義=救い」は、イエス・キリストにおいて1つです。この聖書理解=義の再発見がやがて宗教改革の原動力となります。(岸 俊彦)

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