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2021年10月15日 (金)

聖書の言葉363

わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。           (マタイ16・24)

 イエス様は弟子たちに自分が十字架につけられて殺されてしまうこと、けれどもそれで終わりではなくて、三日後に復活するというお話をしました。このことは本当に起こったことです。ペトロや弟子たちもイエス様がたびたび人から憎まれていたことは知っていました。ですが、それでもまさかイエス様が殺されてしまうなんて、このときの弟子たちには信じられません。これを聞いたペトロさんはイエス様を連れ出して、怒鳴りつけてしまいます。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません!」
 そんなペトロに、しかしイエス様は仰います。「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」サタンというのはヘブライ語で「邪魔をする者」という意味の言葉です。ペトロはイエス様が神様の求める正しい生き方をして、偉い人と言い争ったりするのは止めて欲しいと思っています。けれども、それはイエス様が生きようとする道、神様の御心に従って生きる生き方を、邪魔することに他なりません。神様のことではなくて、人間のことを思っていることです。それはペトロが神様の思いを無視して、自分の思い通りにイエス様を、神様を動かそうとしたということでもあるのです。
 私たちはつい、私たちの気持ちで、私たちの思い通りに神様を動くことを願ってしまいます。しかしイエス様は仰います。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」私たちにとって大事なのは、神様を自分の思い通りにすること、自分の願い事なんでも叶えてもらうことではありません。神様は人間の思い通りになりません。私たちが、神様の思い通りに生きていくのです。最後には自分の思いを捨てて、神様に従っていくのです。どんなに思い通りにいかなくても、その先に、まだ神様が私たちに望んでいる生き方がある。そこに期待して生きるのが私たちの生き方です。(狩野進之佑)

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