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2021年11月19日 (金)

聖書の言葉367

わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 (マタイ20:14)


 「友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと1デナリオンの約束をしたではないか。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前の良さをねたむのか。」主人の言っていることはわかります。主人がお金をしたいようにすることに、文句を言っても仕方が無いのです。けれども、もしも私たちが12時間働いた人たちと同じ立場だったとしたら、どうにも納得できないでしょう。確かに約束した通りだとしても、1時間しか働いていない人よりも、何倍も頑張った自分が報われるのは当然だと思うでしょう。
 イエス様は「天の国のたとえ」としてこのことを話しました。私たちが天の国に行くと、よく似たことが起こるということです。すぐ前のお話に、イエス様が弟子たちに報酬を約束したお話が出てきます。イエス様のために全てを捨てた弟子たちに、必ずたくさんの報酬、特に天の国で永遠に生きることができるという約束が与えられました。けれども、弟子たちが天の国に行ったときに、このぶどう園と同じことが起きるよ、とイエス様は言うのです。イエス様のために全部を捨てて、何十年も頑張ってイエス様のために働いた弟子たちは、他の誰よりも多くの報酬が貰えるのではないのです。それこそ人生の最後の最後でイエス様を信じた人や、全くイエス様のために働けなかったような人にも同じ報酬が与えられるのです。
 教会の中には小さい頃から神様のことを信じている人も居れば、亡くなる直前にベットの上で洗礼を受ける人が居ます。神様のために教会でずっと働く人も居れば、何十年も教会から離れた後に色々なことで教会に戻ってくる人も居ます。みんなが同じ報酬を受けます。教会から離れるときが来るかもしれません。信じないまま大人になるかもしれません。けれども、いつ戻ってきても大丈夫です。神様は信じる人をどんなときも、どんな人も、変わらず受け入れて下さるのです。(狩野進之佑)

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