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2022年11月26日 (土)

聖書の言葉413

わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。(ルカ1・38)

 いよいよイエス様がお生まれになるクリスマスを待ち望む、アドベントになりました。街はきれいなクリスマスツリーやイルミネーションで飾られ、皆さんも心が躍るような嬉しい気持ちになっていることでしょう。
 今から約2000年前、マリアは自分のお腹の中にイエス様がいると知り、心躍ったかというと違ったでしょう。まず天使が現れたことに驚き、さらにおめでとうと言われて戸惑いました。この時代、結婚前に夫となるヨセフ以外の子どもができると、マリアは罪を犯したことになり、石打の刑で殺されるかもしれないのです。喜ばしいはずもなく、自分の運命を嘆き、神様を恨むこともできたでしょう。しかし、マリアは冒頭の言葉のように自分の信仰を告白し、神様のご計画を受け入れたのです。このときマリアは15歳くらいでしたが、幸せな結婚生活を送れず、殺されるかもしれないという困難を理解し、なお神様に従ったのです。神様が自分と共にいてくださることへの信頼があったからでしょう。幸いヨセフにも天使が現れて事の次第を語り、彼も信仰がある人だったので、マリアは夫婦でイエス様を育てることができ、石打の刑になることはありませんでした。
 私たちはマリアのように素直に神様のご計画を受け入れられるでしょうか。私たちが願う幸せな道ではなく、困難な道であっても神様を信じて従えるでしょうか。コロナや戦争、あるいは普段の生活でも、傷つき苦しむことがあります。ただ、イエス様もこの世に来て、私たちの苦しみを背負い、人々の手により十字架で亡くなりました。神様は私たちを見捨てず、独り子を世に送り、共に苦しみ戦ってくださいました。共にいてくださるからこそ、私たちは神様を信頼して信仰の道を歩めるのです。(原 良介)

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