聖書の言葉417
わたしたちにも祈りを教えてください。(ルカ11・1)
中学1年生の元旦、静岡市の浅間神社に家族で初詣に行きました。境内に上がってお祓いして貰いました。その間心の中でお願いごとをしました。でも、どうお願いしたらよいのか、誰にお願いしているのかもわからないまま「~~してください」と心の中で繰り返しました。
高校2年のクリスマス、三鷹市の相愛教会に友達に誘われて初めて教会に行きました。教会では「神様、~~。イエス様の御名によって祈ります、アーメン」と祈ることを教えられました。でも自分で中々祈ることはできませんでした。
礼拝に出席すると「主の祈り」を皆で祈ることを知りました。おまじないのようで、ともかく覚えて皆と一緒に祈るようになりました。そのうち、イエス様が弟子たちに教えてくださった祈りであることを知りました。イエス様と私たちと天のお父様をつなぐ祈りであることが少しずつ分かるようになりました。どんな時でも「主の祈り」を祈ったらよいことも教えられました。自分の言葉で祈ることができないときも、「主の祈り」を祈ればよいのだと分かるようになりました。
一人でも祈りますが、皆と「主の祈り」を祈ると、ホッとすることもあるし、力が湧くこともあります。「主の祈り」さえ祈れなかったり、言葉が分からなくなっても、皆が祈る「主の祈り」を聞いていると引っ張られるというか、助けられるというか、「主の祈り」が私たちを1つにしてくれることも経験してきました。
2000年以上「主の祈り」は祈り続けられています。その輪に加わることができるのはありがたいことです。イエス様は弟子たちを通じて、私たちによい贈り物をしてくださいました。(岸 俊彦)