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2024年2月15日 (木)

聖書の言葉468

「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか分からないのです」ルカ23・34

 イエス様は弟子のユダに裏切られイユダヤ教の祭司長や学者に捕まえられ、裁判にかけられました。イエス様はユダヤ教を批判したりローマ帝国に逆らったとして重い罪を着せられて、十字架につけられ死刑にされることになりました。十字架刑になる重罪人は十字架を担いで処刑場まで歩かねばなりませんが、イエス様は一晩中ムチうたれて血を流し、もう十字架を担ぐ力は残っていません。ノロノロと歩くイエス様にイライラしたローマ兵は、たまたま畑から帰ってくる途中だったキレネ人シモンを捕まえて、イエス様の代わりに十字架を担ぐよう命じました。シモンは大勢の人の前で無理やり重い十字架を担がされて、「なんで自分が犯罪者と同じ苦しい目にあうんだ」と辛く恥ずかしく、イエス様を憎く思ったでしょう。シモンは仕方なくゴルゴダの丘まで十字架を背負いました。そしてイエス様が十字架につけられて無残にローマ兵に殺されるところを見ました。
 マルコによる福音書15:21ではシモンは「アレクサンドロとルフォスの父」とあり、この二人はキリスト教の信者です。シモンは十字架につけられたイエス様の姿を見て「イエス様は何も悪いことをしていないのに私たちの罪を背負って十字架につけられたのだ」と気づいたのでしょう。やがてシモンはイエス様の教えを信じるようになり、息子たちにイエス様の教えを伝えたのでしょう。
 イエス様は私たちの罪を背負って死んでくださり、死からよみがえって天に上りました。いつも私たちのことを見守り、どんな時でも共に歩んでくださる方なのです。(酒井由紀子)

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