« 聖書の言葉476 | トップページ | 聖書の言葉478 »

2024年4月29日 (月)

聖書の言葉477

心の貧しい人々は、幸いである。(マタイ5・3)

 イエス様が、弟子と多くの民を率いて山の上で語り始めた最初の教えは、
 「心の貧しい人々は幸いである
 天の国はその人たちのものである」
でした。これはとても強い宣言であり、同時に祝福の言葉です。イエス様についてきた人々に向けて、あなた方は幸いだと呼びかけられました。 「心の貧しい人」とは一体どのような人なのでしょう? 心の狭い人でしょうか? 気持ちに余裕がない人? 親切ではない人? どれも違います。心の貧しい人というのは、霊において貧しい人ということです。もっと言えば「神様のみ前で、貧しさの中に生きる人」のことを言います。自分は多くを持っていない、だから差し出すことも出来ない無一文の状態だ、だから神様のみ前において、ただ受け取ることしか出来ない人間を「心の貧しい人」と捉えてよいでしょう。
 イエス様の元に集まった人々は、そのような者が多くいたでしょう。日々の生活に追われている、税金の支払いに悩んでいる、将来に不安がある。だからこそ神様、そしてイエス様に依り頼もうとしています。自分の力に依り頼むのではなく、神様に依り頼むのです。そのような人々は幸いであるとイエス様は語られました。自分は何も持っていない、何も差し出せない。だから「あなたを頼らせてください」「あなたの御手から受け取る人間とさせてください」。そう祈る人が祝福され、幸いであります。
 私たちは心の貧しい者です。しかし、主の恵みによって幸いとされます。その恵みに感謝しましょう。(諸橋鷹広)

« 聖書の言葉476 | トップページ | 聖書の言葉478 »

フォト
無料ブログはココログ
2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30